2005年 08月 11日
野村英夫 |
堀辰雄のことに触れたので、すこし思い出す詩人がいます。堀辰雄に私淑し、立原道造とも交流のあった、けれども、今では知る人ぞ知るというほどの、詩人です。「心のなかの石段を一段一段昇ってゆかう」と歌ったこの人は芸術家としての円熟を待たずしてあっさりと夭折してしまいました。もうずいぶん前にありますが、墓のある萩市のお寺に行ったこともあります。そのことは別のところで触れたこともありますが、なにやら因縁めいた出会いでもあり、忘れることのできない出来事でした。短い生涯の晩年に、カトリックに接近、洗礼を受けたということがあって、その独特の世界が、「星菫派」というのはどちらかというと揶揄というか、皮肉っぽい評価なのでしょうが、ロマンティックな作風になって表現されています。けれどもロマンティックでともすれば鼻白みそうになるその芯に堀辰雄などにも共通するような、清々しい内向性があって、決して嫌いにはなれません。むしろときどき慰めのように詩を読んだりすることもあるくらいです。
陽を受けた果実が熟されてゆくやうに
心のなかで人生が熟されてくれるといい。
さうして街かどをゆく人達の
花のような姿が
それぞれの屋根の下に折り込まれる
人生のからくりと祝福とが
一つ残らず正しく読み取れてくれるといい。
さうして今まで微かだったものの形が
教会の塔のやうに
空を切ってはっきり見えてくれるといい。
さうして淀んでいた繰り言が
歌のように明るく
金のように重たくなってくれるといい。
人が好すぎる詩だなあ、と思ったりもするのですが、いくつかの詩を読んでみるとむしろエゴの重さを自覚しながら、自分でないもの、自分にないものに対する憧れを希求していった人なのじゃないかな、と思います。ガツガツしたものは感じず、むしろ、あきらめから来るやさしさや平穏さにあふれた詩群です。
この季節になるとすこし思い出す詩をもうひとつ。詩というよりも言葉で描いたスケッチみたいですが。
マリアの祝日は夏の日ざかり
教会は暑い陽の光の中で
だが不思議にも石のように冷い。
お告げの鐘は一年ぢゅうで一番綺麗に
水色な空の中に翼のやうに消えてゆく。
マリアの御像は
白い雛菊の花で埋められた。
さうして司祭館の一部屋では
カナリアの鳥籠の傍で
一人のフランス人の老司祭が
東洋の団扇を使っていた。
「マリアの祝日」というのは八月十五日、聖母被昇天と呼ばれる日です。自分自身にとってもコレに似たようななにがしかの思い出がひとつふたつと思い出される日です。

ケベックのセルジュからの写真ですが、彼の両親の家にあるという聖母マリアの「グロット(洞窟=la grotte)」。彼のおじいさんが作ったものだそうで、今でもノヴェナ(Neuvaine)と呼ばれる9日間の祈りをこの前でおばあさんたちが祈ったりしている、とのことです。すべてがシンメトリーに配置されているのはかえって日本人にはない感覚ですね。とはいえ、なにかとても深い懐かしさを覚えます。
陽を受けた果実が熟されてゆくやうに
心のなかで人生が熟されてくれるといい。
さうして街かどをゆく人達の
花のような姿が
それぞれの屋根の下に折り込まれる
人生のからくりと祝福とが
一つ残らず正しく読み取れてくれるといい。
さうして今まで微かだったものの形が
教会の塔のやうに
空を切ってはっきり見えてくれるといい。
さうして淀んでいた繰り言が
歌のように明るく
金のように重たくなってくれるといい。
人が好すぎる詩だなあ、と思ったりもするのですが、いくつかの詩を読んでみるとむしろエゴの重さを自覚しながら、自分でないもの、自分にないものに対する憧れを希求していった人なのじゃないかな、と思います。ガツガツしたものは感じず、むしろ、あきらめから来るやさしさや平穏さにあふれた詩群です。
この季節になるとすこし思い出す詩をもうひとつ。詩というよりも言葉で描いたスケッチみたいですが。
マリアの祝日は夏の日ざかり
教会は暑い陽の光の中で
だが不思議にも石のように冷い。
お告げの鐘は一年ぢゅうで一番綺麗に
水色な空の中に翼のやうに消えてゆく。
マリアの御像は
白い雛菊の花で埋められた。
さうして司祭館の一部屋では
カナリアの鳥籠の傍で
一人のフランス人の老司祭が
東洋の団扇を使っていた。
「マリアの祝日」というのは八月十五日、聖母被昇天と呼ばれる日です。自分自身にとってもコレに似たようななにがしかの思い出がひとつふたつと思い出される日です。

by brunodujapon
| 2005-08-11 21:56
| 読書















