2005年 03月 23日
ウビ・カリタス Ubi Caritas |

主の晩餐(最後の晩餐)を記念する日で、イエス・キリストがそうされたように、ミサの司式を行う司祭によって信徒(の代表)の足が洗われるので、「洗足木曜日」というふうにも呼ばれます。ミサの中では伝統的に「ウビ・カリタス」という聖歌が歌われてきました。
Ubi caritas et amor, Deus ibi est.
Congregavit nos in unum Christi amor.
Exsultemus, et in ipso jucundemur.
Timeamus et amemus Deum vium.
Et ex corde diligamus nos sincero.
ラテン語でこそ歌われませんが、現代日本の教会でも、やはりウビ・カリタスはこの日のミサの中でうたわれます。こんな歌詞です。
愛といつくしみのあるところ、神はそこにおられる。
キリストの愛に結ばれ、ともに喜び分かち合い、
真心こめて神を敬い、愛の奉仕に努めよう。
わけへだてを取り除き、ねたみと争いをさけ、
主キリストを囲んで、みな一つに集まろう。
主キリストの輝くみ顔、聖者とともに仰ぎ見る、
まことの喜び限りなく、世々とこしえに至るまで。
愛といつくしみのあるところ、神はそこにおられる。
現実にはこの通りにいかないことばかりです。個人レベルでも社会的にも。たくさんの戦争と無関心、冷淡さを思いながら愛による一致を願うこの聖歌を歌います。
この歌はモーリス・デュリュフレのものが特に有名で、また美しいです。
モーリス・ズンデルのテキストから。
「すべての秘跡は聖体の中にその意味を持っています。要するに、秘跡は一つしかなく、聖体という秘跡中の秘跡があるだけで、ほかのすべては、それに由来し、それに準備させるものです。この秘跡中の秘跡は特に、アガペの秘跡、愛の秘跡であって、『愛といつくしみのあるところ、神はおられる』。人と神、神と人との、この一致以上にもっと深く行くことができるでしょうか?これは聖木曜日の祈りです。典礼の中で聖木曜日以上に、そして洗足の式の時以上に、この祈りが合う場を見つけることはできないでしょう。『愛といつくしみのあるところ、そこに神はおられる』、聖体の意味はこれです。ほかのことではありません。」(『現存のあかし』 福岡カルメル会訳)
by brunodujapon
| 2005-03-23 23:10















